フランス語読解教室 III

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zoom RSS 日本から発せられた黄信号と赤信号(1)

<<   作成日時 : 2011/04/21 19:57   >>

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  [注釈]
 
 * parti vert significatif : ここの significatif は、qui signifie clairement ということですので、「はっきりと環境保護を前面に押し出した政党」ということです。
 * L'explication de cette absence ne'cessiterait certainement de prendre en conside'ration de nombreux e'le'ments... Repe'rons parmi ceux-ci la pre'sence d'un sentiment.… : 日本に事実上緑の党が存在しない理由は、本来なら多くの要素を勘案して説明しなければならない (ne'cessiterait certainement ここの条件法現在に気をつけて下さい)。ここでは、そのなかから(parmi ceux-ci)、「ある感情や本能的な智恵」に注目したい、ということです。
 * On sait ici... On a ici : ici は、日本を、on は、日本人を表していることに注意が必要です。つぎの段落の nous en avons.. notre source... pour nous は、「私たち西洋人は」というニュアンスが感じられます。
 * cet e'pisonde : しばらく地球上にいた人類が消滅したこと。
 * sa re'cente survenue : 「自然が受入れたお客」ですから、すなわち人類のことです。
 * c'est une alerte verte : これは、次回以降扱う alerte rouge と対になっています。もちろん、vert --> rouge と警報の段階が上がりますから、une alerte verte は、「黄信号」と訳したらよいでしょうか。
 * c'est une toute autre affaire : autre とは、日本人の自然観とは「まったく別な」ということです。
 * un grand repre'sentant : parti vert significatif と、ほぼ同じことをくり返しています。

  [試訳]
 
  自然は、人類が制御しうると言い張れるわけもない、その恐るべき力を私たちすべてに思い出させた。日本には緑の党は事実上存在しない。その理由を説明するには、複合的に結びついた多くの要素を考慮しなければならないことは確かだろう。そうした要素の中でここではある感情、もっというと、経験によって培われた本能的な智恵を指摘しておくことにしょう。つまり、自然とは、もっとも強力な力であって、人間は塵に過ぎない、という考え方だ。
 地震、津波、時には台風などによって、愛すると同時に怖れもする自然と、私たちはつき合ってゆかなければならない。この地球から人類はあるいは消滅されかねないことも日本人にはわかっている。最近の議論によると、自然それ自身が自己破壊に手を貸していると考えられることも示唆されているが、むしろ自己破壊に勤しんでいるようにさえ見える、ぞっとするような印象さえ受ける。くわえて、人類がたとえ消滅したとしても、自然があとを継いで人類亡き後の歴史が書かれうるだろうことも、わきまえられている。そもそも何十億年もの間人類がいないのが自然にとっては当たり前だったのであり、その後人類という新参者のやりたい放題に自然は耐えて来たのだから。
 自然の側に立つことは、必ずしも人類のためであることを意味しない。自然が災害によって人類に敬意を促すのは、自然が無敵であるからこそであり、それは黄信号である。なるほど温暖化は人間活動がもたらしたものではあるが、自然の方は将来氷河期を迎えることも可能であろう。私たちの側が自然を必要とし、また自然は私たちの命の源であるからという理由で自然を大切にするのは、またまったく別のことである。たしかに自然は私たちにとって無害なものではないが、日本では大きな勢力とはなっていない緑の党が専心しているのは、そうした自然に対してである。
…………………………………………………………………………………………………………………
  先日、後輩のCくんから3月15日発売の「朝日ジャーナル」に掲載された辺見庸さんの論考のコピーをもらいました。「標なき終わりへの未来図」と題されていました。昨夏の酷暑、熱中症で亡くなった老人Aのことを、辺見さんは文章冒頭で語っています。死後遺体の直腸を検温したところ、39度もあったという、電気も停められたアパートの一室で死んだ老人についてです。
 「熱中症は気候変動の温暖化によるものでもあるけれども、つきるところ、貧困の問題であり階級問題そのものであった。直腸熱三十九度の闇は、昨夏すでに、階級間の矛盾が今後さらに拡大するだろうあきらかな徴として、老人Aの下腹部から世界に放射状にひろがっていたのだった。それに心づく者、感じる者は、けれど少なかった。」(p.7)そして、氏は絶望的な予兆を明かしています。もちろん、この文章が綴られたのは(おそらくは不自由な身体で、携帯電話の小さなキーをひとつひとつ確かめるように打ち込まれた言葉)、大震災の前であることまちがいありません。
 「貧しい者はよりひどく貧しく、富める者はよりいっそうゆたかになるだろう。すさまじい大地震がくるだろう。(...)テクノロジーはまだまだ発展し、言語と思想はどんどん幼稚になっていくであろう。ひじょうに大きな原発事故があるだろう。」(p.12)
  以前、不自由な身体をおして来阪されたおりの講演で、辺見さんは「沈思」という言葉をくり返しておられました。これらの言葉は、けっして予言などではありません。辺見さんが沈思する中で、その予兆をしっかり捉え、「心づかれた」のです。私たちは、そうした正確な、繊細な感覚を、思考を、持ちえなかっただけなのだと思います。
  他には、宇野常寛「『次ぎの50年』を設計する 『戦後』を正しく『忘れる』ために」を大変興味深く読みました。これは、先日紹介した小熊英二の主張にもつながる論考で、つまるところ、もう高度成長の夢は忘れようということです。歴史を知らず、あるいは知らない振りをして、したがって社会の変化にも鈍感なままに「あたらしい」、「元気な」を連呼する政治家たちは、みな「三丁目の夕陽」をいまだに夢見ているのです。
  この号の「朝日ジャーナル」、ぼくは古書も扱っているアマゾンで入手しました。
  さて、次回はde'nonce cette collusion. までとしましょう。5月4日(水)に試訳をお目にかけます。次次回は、わずかに残ったこの文章に何かおまけを付けて課題とします。
 Shuhei (今回録音は、sa re'cente survenue. までとしました。長くて、ここで息が切れました。)



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